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《対談》中塚 翠涛 氏 × 石原 紳伍

中塚 翠涛(書家・Calligraphy artist )
岡山県出身。4歳から書に親しみ、古典的な書法を修得。
筆の弾力と墨の無限のグラデーションに美しさを見出し、和紙と墨のみならず、陶器、ガラス、映像など、幅広い手法で独自の表現を追求。
2016年12月にパリ・ルーブル美術館の 地下展示会場「カルーゼル・デュ・ルーブル」で開催されたSociete Nationale des Beaux-Arts 2016では、約300㎡の空間に 書のインスタレーションを 発表し「金賞」「審査員賞金賞」をダブル受賞。
テレビ朝日系「中居正広の身になる図書館」では「美文字大辞典」の講師として出演。TBSドラマ「SPEC」では書道監修を務めた。
手がけた題字は、ユネスコ「富士山世界遺産」、映画「武士の献立」など多数あり、 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の題字も担当している。『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』(宝島社)シリーズは、累計400万部を突破。

手紙でやりとりするように──中塚翠涛と石原紳伍の対話から見えてくるもの


チョコレートには無限の可能性がある。
一見シンプルでそぎ落とされたキューブの中に、無限に広がる美しさと味わい、表現を持つのがMAISON CACAOのチョコレートだ。目で見て、手に取り、口に運ぶまでの体験そのものをデザインすることを大切にしているそう。
「アート」はメゾンカカオにとってなくてはならない中核である。

そのアートを手がけるのが書家の中塚翠涛氏。

アロマ生チョコレートの2020年新作コレクション「Garden」や「生チョコムース」のパッケージ、そしてお茶とチョコレートを楽しむ「カカオハナレ」のロゴなど、これまでメゾンカカオの大切な節目ごとにその想いを汲み、感動を生み出すアートを描いてきた。

今回はそんな中塚氏を迎え、プライベートでも交流のある石原氏と対談を行った。それぞれのアートがどのような過程で誕生したのか、その豊かな表現力はどんな時間を過ごすことで生まれてくるのか—二人の対談から探ってみた。

掛け合わせを楽しみたくなるのが、メゾンカカオのチョコレート(中塚)


石原:まずは乾杯しましょうか。このカクテルは芋焼酎をベースにしたマスカット風味のカクテルなんですけど、ホエーというヨーグルトの表面に浮いてくる上澄みにスパイスとかリンゴとかを漬け込んだものも加えています。チョコレートは発酵食品なので、お酒もそうですが、発酵させてるものとの相性がいいんですよ。

中塚:すごくおいしい。メゾンカカオの商品は、何と掛け合わせようかなっていう楽しみがありますよね。ただ食べるだけじゃなくて、器もこだわりたくなる。お茶の世界に近いのかな。それは建長寺で開催されたイベントのときも感じたことなんですけど。チョコレートと禅という組み合わせを邪道だと感じる方もいるかもしれないけれど、それは今までにない価値観だからだと思うんですよね。
紳伍さんは「敷居を下げる」っておっしゃっていましたけど、私としては「間口を広げる」という感覚に近いです。禅ってなんだか堅苦しいイメージがあるけど、ひと粒のチョコレートを口にして、脳を解放し、心をあたため、そこから禅にハマる方もいるはず。書にも通じますが、一杯のお茶を飲み、心を静めて紙に向かうことは、とても大切だと思います。

石原:ありがとうございます。実は建長寺でイベントを開催した経験が、「カカオハナレ」の誕生につながっているんですよ。お茶とチョコレート、禅とマインドフルネスという発想がタネになりました。
翠涛さんにはロゴを作っていただいたんですけど、あのときはいろんなパターンをお願いしましたね。結局いちばん最初に提案していただいたもので決まったんですけど(笑)。あれはどういうイメージで書かれたんですか?

中塚:最初、モダンだけど手書き感を匂わせたいということをお聞きして、カチッとしているけれど、人間味のあるイメージがいいのかなと思いました。おじいさんとお孫さんが仲良くチョコレートを買いにくるイメージなど、様々な人間模様を表現できたらいいなって。
かといって、絵に寄りすぎない方がいいとも思い、その落としどころを探りました。「カカオ」の「カ」の文字で大小をつけているのは、そういうところから着想を得ています。

みんなが安心して食べられるものを作ることが未来につながる(石原)


中塚:紳伍さんはいつも明確なイメージを持たれているので、ディスカッションの中で 私だったらどうやって表現するのかなと自然とアイデアが湧いてきます。自分なりの表現を見つけ出すことがとても楽しいです。

石原:食べる前と食べた後のエクスペリエンスはかなり考えていますね。極端なことを言えば、チョコレートがおいしいのはもう当たり前。そのうえでどういう価値を提供できるかが大切だと思うんです。
その点で言うと、僕は2年くらい前までは食の掛け合わせとかチョコレートを提供する空間について思考を巡らすことが多かったんですけど、最近は視点が少し変わって。みんなが安心して食べられるものがいいなと思うようになりました。それが100年後も続く企業という目標につながっているんじゃないかなって。

中塚:安心ですか。たしかに、食を未来の自分を築くものという視点で考えると、とても大事だなと感じます。健康な身体が、健康な心を作るんだろうし。ほら、心が健康じゃないと顔色にも出ますよね。だから、自分が食べるものを意識的に選んだ上で、友人たちと囲む食卓は最高の心の栄養になります。

石原:食が心の健康を作るっていう発想はすごく素敵ですね。メゾンカカオは原材料の品質管理を徹底しているんですけど、チョコレートに合わせるフレーバーを考えるときも絶対に産地に足を運ぶようにしているんです。
それでどういう作り方をしているのかを自分の目で確かめて、作り手の話にも耳を傾ける。それが安心する味を探し出すためには大事なのかなと考えています。

中塚:そういう思いを込めて作られているからこそ、お客さまの心にも届くんでしょうね。今回、新型コロナウイルスの影響で外に出られなくなってから人生でいちばん料理をしたんですけど、なんとなくで作ると味がボケてしまうことに気づいたんです。逆に明確なイメージがあるときはすごく上手にできて。それって食だけでなく、いろんなところに通じるのかなと思います。

時間に追われるのではなく、時間を楽しむことが大切だと気づいた(中塚)


石原:翠涛さんは普段どういうことを通じて創作のインスピレーションを受けているんですか?

中塚:以前はよく旅に出かけていました。インスピレーションって見えないからわからないじゃないですか。それでも身を置くことが大事だなと思い、想像力を膨らませるために興味のある場所を訪れるようにしていた時期がありました。
話題のお店に片っ端から予約して朝から晩まで巡ってみたこともあります。でも、無理をしすぎてロンドンで倒れたことがあったんですよ。救急車で運ばれて。

石原:えっ、大丈夫だったんですか?

中塚:はい。原因はただの睡眠不足で(笑)。ただ、それくらい自分の身体の声を聞かないまま走っていたわけです。いろんな人に迷惑をかけてしまったことで、欲張りすぎはよくないなと思うようになりました。
禅語に「放下着(ほうげじゃく)」という「すべての執着を捨て去りなさい」という意味の言葉があるのですが、心を軽やかに大切なものを選びとるために必要なことだなと思います。

石原: 1分1秒を惜しんで走っている僕からすると、そういう時間の使い方は憧れますね。

中塚:もちろん全速力で走る時もあると思います。私もスケジュールを詰めていた方がアドレナリンが出て、想像以上のものが生まれることもありますから。
東京で仕事をしていると特にそうですよね。最近は日本を離れると力が抜ける瞬間があって。以前は新しいものを見つけにインプットしに出かけてたはずなのに、今は自分をリセットしてリラックスするために時間を使っていることが多いですね。のんびりとした生活の方が性に合っているのかなと思うようになりました。

石原:ついつい欲張っちゃいますよね。でも、僕も30歳半ばに差し掛かって、翠涛さんがおっしゃっている意味がようやく理解できるようになってきました。複数のレストランを急いでハシゴするより、きちんと準備をしてひとつのレストランに行った方が体験としてはいいなって。

中塚:スタンプラリーみたいになるんですよね。そうすると、あまり心に残らなくて。時間に追われながら食べるのではなく、空間を楽しみながら時間を過ごすというのは、今後大切にしていきたいですね。

翠涛さんとの仕事のやりとりは、手紙を送り合うようだった(石原)


石原:それで言うと、翠涛さんとお会いしているときは自然と時間が経っていて、いつの間にか終わりを迎えることが多い気がします。たとえば、新商品の生チョコムースのパッケージをデザインしていただいたんですけど、大抵の仕事って納期が決まっているじゃないですか。
翠涛さんは「今日くらいにくるかな」と思ったタイミングで本当に届くんです。今は情報社会だから、いろんなものが手に取るようにわかるし、確認も気軽にできるわけじゃないですか。でも、翠涛さんとのやりとりは、なんだか手紙を待っている感覚がありましたね。

中塚:スタッフのみなさまにはご迷惑をおかけしていると思うんですけど、このスタイルを受け入れてくださり感謝しています。でも、紳伍さんはこちらが提案したものに対して、ピンとこないときははっきり言ってくださるじゃないですか。
中途半端に意見を返されると、いいのかな? どっちなんだろう? と、こちらも悩んでしまうんですけど、それがないからスッキリと気持ちよく進められます。

石原:2回目にあがってくるものがこちらの期待値を軽く超えてくるから、いつも驚きっぱなしです。

中塚:インスピレーションの神様がいるとしたら、降ってきてくれるのを待ってるというか…。自分に余白がないと降りてきてくれないと思うのですが。

石原:余白は大切ですよね。僕もここ数ヶ月はずっと詰め込んでいたので、ついに限界が来てしまって。仕事を早く切り上げて湘南の海に浮かんできました。そうすると、水の中で浄化されるのか、余白が生まれて自然と笑えるようになるんです。

中塚:自分にとって何が浄化方法なのかわかっているのは重要ですよね。紳伍さんはやるべきことがあって、その量を減らすとメンバーはもちろん、関係者にも迷惑かけてしまう。そういうわけにもいかないので、すっきりさせるために海に浮かんで気持ちを浄化しているんでしょうね。

石原:捨てることに躊躇がなくなったタイミングってありましたか? 欲張りにならない、いいものを選ぶために取捨選択する。仕事を断る勇気みたいな。

中塚:以前は、とにかくどんなお話も自分なりに考え経験することに意義を感じていましたが、ある時から、何時も心豊かに取り組める相手とご一緒したいと思うようになりました。同じ時間を過ごすなら、"こなす"のではなく、自分の心環境を整えることの大切さを感じています。
メゾンカカオは、みなさまが愛着を持って一つひとつの物事に取り組まれていらっしゃるので、私自身もご一緒できて嬉しいと思っています。

石原:嬉しいです。2021年のテーマも固まってきているので、またご一緒できることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。

メゾンカカオがデザインするのは「チョコレートの体験」そのもの。

その中でロゴやパッケージから受けるブランド体験は小さくない。この先も中塚氏と石原氏が会話を重ね、手紙を送り合うように時間を重ねることで、きっと新たなメゾンカカオの世界が広がるに違いない。2021年どんなチョコレートの体験ができるのか、今から楽しみだ。

Written By 
村上 広大(KOHDAI MURAKAMI)

1983年東京都生まれ。大学在学中から編集プロダクションに在籍。2008年に独立し、以後はフリーの編集者・ライターとして活動。エンタテインメント、カルチャー、教育、ビジネスなどの分野を中心に雑誌・Web・広告などで執筆。携わっている媒体は「ケトル」「CINRA」「houyhnhnm」「Forbes Japan」など。書籍の構成担当にハヤカワ五味『私だけの選択をする22のルール』(KADOKAWA)、石倉秀明『コミュ力なんていらない』(マガジンハウス)などがある。

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