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旅するメゾン コロンビア カカオディレクター 石原紳伍


気がつけば、コロンビアを訪れるのも20回を超えた。初めて訪れたのは2013年。飛行機を乗り継ぎ、また乗り継ぎ、機内に閉じ込められること何十時間。体力ゲージ0の状態でコロンビアの空港に降り立った時、感じたのは強烈な異国感だった。それが今では故郷に帰ってきた感覚すらあるのだから不思議なものだ。
 
赤道直下に位置するコロンビアは暑い国というイメージがあるが、首都のボゴタは標高2600メートルの高地にあるため冬は寒い。特にカカオの主な収穫期である12月は日本以上に冷える。寒いのが大の苦手な僕はすぐに温暖なカカオ農園に向かうのが常。ボゴタから更に飛行機に乗り、車を走らせてペレイラという地域に向かう。ここには僕が9年前に植えたカカオの木がある。現地のカカオ農家の方に「これでシンゴも私たちの家族だ」と言ってもらえ、その記念に植えたものだ。丁寧に手入れをしているおかげで毎年成長し、美味しいカカオの実をつける。それを頬張る瞬間が最高に幸せだ。


この記念樹の近くに今年からメゾンカカオと一緒に取り組みを始めたカカオの契約農園がある。もともとスペシャリテコーヒーをつくっていたのだが、近年の地球温暖化でコーヒー豆の栽培が難しくなり、数年前からカカオの栽培を始めた。数あるカカオの中でも最高級の品種に挑み、コーヒー豆の栽培で培った丁寧なモノづくりを活かし、着実に成果を出し始めている。昨年は天候の影響で年2度の収穫が叶わず、1度で終わったが、今年は無事に2度の収穫ができた。味わいも文句なし。僕たちも収穫を手伝ったが、コーヒー栽培を長く続けてきた彼らにとって日差しの強い急斜面での作業はお手の物。気がつけば、たった半日でカカオの山がいくつもできあがっている。収穫作業の後はカカオビネガーの改良やレストランROBBで使用するカカオ醤油や味噌づくりについての打ち合わせをして、ペレイラを後にする。


次に向かうのはネコクリ地域。メゾンカカオが初めて管理農園を構え、学校づくりにも取り組んだ思い出深い土地だ。ボゴタから飛行機に乗り、更に車に揺られること4時間。長い道のりだが、途中にあるパイナップル農園に立ち寄るのが毎回の楽しみ。農園の女性は僕らのことを覚えてくれていて、いつも「シンゴ!」と迎えてくれる。ここのパイナップルはとにかく甘くて味が濃い。いちばん好きなフルーツがパイナップルになったのは間違いなくこの農園のおかげだ。


今年ネコクリにはメゾンカカオが設立した2つ目の学校ができ、この地域では初となるスポーツフィールドの完成を祝うセレモニーに招かれた。到着すると2つの学校の生徒たちが一斉に出迎えてくれる。子供だけでなく大人たちも一緒になって、ダンスを披露してくれたり、サッカーの試合を始めたりと、完全にお祭り騒ぎだ。じつは今回始めて僕の家族を連れてきた。「ネコクリの子供たちに会いたい」と僕の子供たちが強く望んだからだ。言葉は通じずとも、手と手を取り合い、楽しそうに走り回る子供たちの笑顔に胸がいっぱいになる。最後に、ここが地域の人たちの憩いの場所になってほしいという願いを込めて、直前に猛特訓したスペイン語で挨拶をして、セレモニーを終える。
 
ランチはBandeja paisa(バンデハ・パイサ)。米、豆の煮込み、カリカリに揚げた干し豚、目玉焼き、バナナの揚げ物がワンプレートになったコロンビアの国民食で、僕がいちばん好きなコロンビア料理。子供たちと食べるバンデハ・パイサはまた格別だ。
 


ボゴタへ戻る飛行機は出発時間が大幅に遅れる。でもこれはいつものこと(笑)。空いた時間で近くの浜辺に行き、沈みゆく夕日を眺めながら、ネコクリの子供たちの笑顔を思い出す。次に来る時はラグビーと柔道を教えてあげると約束した。スポーツによって、たくましく自分の未来を切り開く大人になってほしいと心から思う。
 


ボゴタに戻ってからはチョコレート工場の視察、そして新しいクーベルチュールの開発に取りかかる。産地で個性が大きく変わる複数のカカオマスを掛け合わせ、香りと個性を引き出していく。現地の研究員と共に個性のわずかな違いを見つけ出す。これはカカオとの真剣勝負だ。今年のカカオは出来がよく、特にカカオ同士の掛け合わせで奥行きのある味わいが生まれるものが多い。そこにコロンビアのブラウンシュガーやオーツミルクを合わせて個性的なクーベルチュールをつくっていく。完成が楽しみだ。

 ペレイラ、ネコクリ、ボゴタ。そして、カリやメデジンも訪れ、農地を駆け回ること10日間。コロンビアの旅も終わりの時が近づいてきた。メゾンカカオは生産者から生活者まで、時間と情熱を繋ぐリレーをしている。コロンビアでカカオを育てる仲間から受け取ったバトンを大切に、これからも丁寧なモノづくりを日本で重ねていこう。

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