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《対談》渥美 創太 氏 × 石原 紳伍

渥美 創太(「Maison」オーナーシェフ )
1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏し「メゾン・トロワグロ」「ステラ・マリス」「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」シェフに就任。2014年、「クラウン・バー」のシェフに抜擢される。就任の翌年の2015年には、新進気鋭の若手シェフたちを輩出するレストランガイド「ル・フーディング」で最優秀ビストロ賞を受賞。ニューヨーク、東京での期間限定レストランを経て2019年9月にパリ11区に自身のレストラン「MAISON」をオープン。

2016年秋、MASION CACAOの前身のブランドである『ca ca o』は、サロン・ド・ショコラの本拠地であるパリのサロンに初出展を果たしました。その時、代表の石原に、大きな人生の出会いもありました。それは、パリで活躍する料理人、渥美創太氏とのご縁。当時、『Clown Bar/クラウン・バー』のシェフとして評判を高めていた渥美氏の料理は、衝撃的に美味しかったと振り返ります。‘幸せの価値観’を分かち合える良き仲間との出会いでした。

お二人が出会ったきっかけを教えてください



石原(以下「石」)-パリのサロン・ド・ショコラに出店しているときに共通の友人の紹介で『Clown Bar』に食べに行きました。その後、創太がサロン・ド・ショコラで僕らのブースに遊びに来てくれて。こういう思いでチョコレートを作っているとか、大切にしているこだわりなど、熱い思いを話したのを覚えています。

渥美(以下「渥」)-サロン・ド・ショコラに行ったのは何年振りかでした。お世辞抜きに『ca ca o』のチョコレートが、会場内で一番美味しかった。

石-それから一緒に食事をしたり、家族ぐるみで遊びに行ったりしていて、コロンビアにも一緒に行きました。

渥-紳伍と一緒に旅したコロンビアはすごく楽しかったです。自社農園や発酵研究所、それに学校などに案内してもらい、いろいろ教えてもらいました。

渥美さんは、コロンビアでカカオのフルーツを食べましたか?

渥-もちろん食べました。とても美味しかったです。ライチみたいなフレッシュさがあって、現地に行かないと出会えない味ですね。生のカカオは保存が難しいそうですが、コロンビアがあのカカオというフルーツのフレッシュさを世界の人々に伝えられるようになったら、国がもっと豊かになるのではと思ったぐらいです。

石-実は今、とても美味しいフレッシュジュースを日本に持ってこられないかと、試行錯誤中なんですよ。創太の手にかかれば、いろいろな使い方ができるのではないかなと思います。それをオリジナルで発酵させたりもできるでしょうね。納得できるカカオ・ビネガーは作れているのですが、もう少しブラッシュアップできたらなと。

コロンビアに自社農園を持つ『Maison Cacao』のあり方について。


渥-チョコレートを作るんだったら、一番大事なのは原料のカカオ。そこから押さえるというのは、皆がやりたくとも手が出せないことだと思います。そこに学校を立てて、農家の人が安心して働ける環境があることで、カカオの品質向上へと繋がるという紳伍の話を聞いて、とてつもなくすごいことだなと感動しました。

僕は料理人から始めたので、そのプロセスを踏むことは完全になかったマインドで、自分にはまだできていないことだと思います。

石-僕は洋菓子のいろいろなプロセスを踏んでいないので、逆にできないことの方が多いからこそ、視点や手法を変えて、美味しいものを作るためには手段を選ばずにやっています。だからこそ、既存の手法にはあまり興味がなくて、逆に異なる業界の、創太がやっているような、生み出される‘感動’というものに心を動かされますし、学ぶことが多く、刺激を受けています。

料理とチョコレートに交差点が生まれていくのは、面白いですね!

石-創太の料理って、ずっと同じ味が続いて飽きるな、ということがないんです。いろいろなソースがちょこっと添えてあったり、コース全体のバランスもあるのですが、一品の中にさまざまな味わいの組み立てがあって美味しい。

渥-昔は結構下味をしていたのですが、最近はほとんど味をつけないんですよ。塩もほとんど使いません。ちょっとだけ塩をして、どこまで味ができあがるかというのを考えて作っています。日に日に塩の量が減っていますね。すね。

素材の力を信じて作る、石原さんの考える素材への想いにも通じます。


石-創太のものづくりに対する感性には影響を受けている部分もあります。

チョコレートは味が強いので、フレーバーの良さが消えてしまいやすいのですが、できるだけ、チョコレートとフレーバーが一対一の関係になるよう努力しています。香りにはトップ、ミドル、ラストのタイミングがありますが、全てのタイミングではなく、どこかのタイミングで一対一になればいいなと。例えば「MERCI」というバラの花びらを使ったアロマ生チョコレートだったら、最後にバラが香る時に、チョコレートの味わいと一体になるとかですね。

渥-紳伍のチョコレートの美味しさって、口溶けと余韻だと思うんですね。それが最も顕著に出るのがマスカットのアロマ生チョコレートかな。最初に口に含んだ時には、マスカットの香りがぽっと現れるけど、すぐにそれが消えて、次にチョコレートの味わいが口の中に充満する。そして最後にマスカットとチョコレートの味が重なるっていう、その変化が面白くて、美味しいです。紳伍から、何度もみんなで試食を重ねて、味を作り上げていくというプロセスを踏んでいると聞いたのですが、そうして出来上がるチョコレートのバランスがすごい。性格的に、感性が先に立って料理をする僕にはできないことだなと。

石-レシピ作りに関して、構築型だと言われることもあるのですが、実は理論的には弱くて、結構、直感で決めてしまうところがあるんですよ。例えばテーマを決める時に、売りやすいフレーバーとかマーケットのことはまったく考えていません。ただ、レストランの料理と違うのは、チョコレートは箱に入れた瞬間、人から人に渡りどこに届けられるか、どういう食べ方をしていただけるかがわからなくなる。

そこで、僕以外のプレゼンター(販売員)でも自分たちのチョコレートについてちゃんと伝えることができるようにと、ストーリーを構築しているという部分は、周りのみんなの力であると思います。

ただ、探究心という意味では、気になったことがあれば、その専門家の話を聞きにすぐに飛んでいきますし、いいと思ったことは、すぐに取り入れていくというのはありますね。

渥-味に関しては紳伍の方が厳しいと思います。僕はなんでも食べられる派で、ある程度のレベルだとなんでも美味しく食べられる。紳伍は嫌いなものでも、美味しいレベルにまで改善されていると、それを美味しいと言う。だから、あのレベルのチョコレートができるのだと思います。僕はそういう紳伍をすごいと思うんですよ。それに対して僕はゆるい。
 
石-舌が幼稚なんです。いまだにカレーライスも生姜焼きも好きですし。ただ、‘安心感’が大切かな、と思っているんですね。例えば、イノベーションを謳うレストランに行くことがある。すごく楽しいし、創造力も刺激されるんですけれど、安心感があって美味しいものが食べられたかと言うと、そこはちょっと違うかなと思ったりもします。
 
それに対して、創太の料理はいろいろな旅をさせてくれるのですが、結果、安心感がある。美味しくて、また食べたいと思わせてくれるんですよね。同じことをチョコレートの世界でもやりたいなと思っています。まだまだ到達できていないのですが、完成されたギチギチの隙のない商品ではなく、抜け感を出していきたいと。
 
‘抜け感’というのは、僕たちの世代特有のあり方かもしれないとも思っています。例えば着るものひとつ取っても、飾らないというか、それぞれに『幸せの価値観』がある。創太といると、温度感とかリズムが一緒だと感じて心地いいのです。
 
渥-紳伍は僕の数少ない友人の一人で、家族同士も仲が良いので、これからも一緒に旅をして、新しいものを探し続けたいですね。

お互い店名やブランド名に『Maison』が入っていますが、名前に込めた思いは?


渥-今までのガストロノミーという認識とは違った、もっと気軽な、というか、温かさを感じるフランス料理をやりたいという気持ちから『Maison』という名前がいいと思ったのが一つです。

あともう一つは、店のロゴを作ってくれたダヴィッド・リンチの家に行った時に、彼の家の中に彼の全てがあって、生き方そのものだと思ったんですね。彼の家はいつか公開されたらいいのに、と思うほど衝撃的でした。扉を開けると、映画館のような玄関に迎えられる。そして映画を流しながら、仕事をしている。仕事場と生活が同一空間なんです。

僕も四六時中レストランにいて、ずっと仕事をしているので、仕事場が生活の一部なんです。そうした中で『Maison』という名前にした必然性があった。

石-僕の場合、最初のブランド名は『ca ca o』でした。シンプルでストレートなcacaoという言葉に、半角スペースを2つ開けて、生活者と生産者を結ぶブランドとしての約束を立てたんです。

ブランドリニューアルのためのネーミングはずっと悩んでいました。神話に基づいたものとか、いろいろと考えたのですが、なかなかしっくりくるものがなかった。でも、ふとオープンから5年間を振り返った時に、一番何を大切にしてきたかというと、家族や仲間とともに、チームワークを大切にしてきたブランドだなと感じて。

過去に取材を受けた記事から自分たちの店がどのように紹介されているかを読みあさっていたら、その中に‘鎌倉生まれのメゾン’という言葉があって、心に響いたんですよ。メゾンという言葉は、フランス語で直訳すると‘家’になりますが、日本での伝え方では、オーセンティックな本物志向を彷彿とさせる言葉で、チョコレートを世界に広めたフランスへの敬意という意味も加わる。そこで今後、自分たちが100年続くブランドにしたいと思った時に、家族や仲間を大切にした、鎌倉生まれの『Maison』としてやっていきたいなと思って、『MAISON CACAO』に決めたのです。

これからの2人の『Maison』について。

石-僕は日本に住んでいて残念に思うのは、日本の一等地には日本のブランドがないことです。フランスや海外の高級ブランドが軒を連ねている。戦後の日本が進めてきたことって、便利により良く暮らしやすいものを作っていくという‘文明’に力を入れてきたけれど、文化を育ててきていなかったなと。

フランスに行った時に一番感じたのは、自分が「これはいけるかも」と思うチョコレートを携えてサロン・ド・ショコラに参加した時に、チョコレート文化を持つフランス人たちが、感動してくれた表情を見せてくれて、それが何だか自信につながったんですよね。

例えば、日本のウィスキーというのは、今や世界に誇る文化となりましたが、もともと海外から持ち込まれたウィスキーを、日本人が自分たちのブランドを作って、世界に出て行ったという経緯があった。その文脈をチョコレートになぞらえると、生産地から運ばれヨーロッパで加工されて世界に広まったチョコレートが、今度は日本発信で、文化大国のパリでも愛され、日本の一等地でも活躍していけることが、結果文化として残って、未来の日本を支えられるんじゃないかな、と。

チョコレートを通して文化作りをすることが、僕たちに与えられている使命だと思っています。僕たちがやっていることが身の回りの家族や仲間を幸せにしていくその先に、そんな未来を作ることができたらなと。

渥-僕は自分を受け入れて大人にしてくれたフランスに対する感謝の気持ちを込めて、『Maison』を作っていきたい、ただそれだけしかないですね。自分の作る料理が、フランス人からフランス料理だと言われたらそれでいい。
フランス料理を始めたのはたまたまでしたが、一度始めたことなので自分が納得できるまでできたらいいなと思います。
『MAISON CACAO』のチョコレートの味はパリでも通用するはずだから、パリ出店計画は是非やったほうがいい。僕たちも応援しています。

フランスの美食の世界に、研ぎ澄まされた感性で働きかける2人の挑戦。
かけがえのない唯一無二の友情が、それぞれのMAISONの未来に欠かせない礎となるでしょう。

Written by
伊藤 文(Aya Ito)

フランス・パリを拠点に、25年来、食ジャーナリストとして活動する。食のキュレーションメディアDOMAをパリで主宰(domapress.com/jp/)し、日仏の食文化をつなぎ創造する活動に従事する。「メゾン・エ・オブジェ」、「ボン・マルシェ」、アラン・デュカス氏によるイベントなどにも参加。翻訳も手掛け、訳書にジョエル・ロブション著「ジョエル・ロブション自伝」、エルヴェ・ティス、ピエール・ガニエール共著「料理革命」、フランソワ・シモン著「パリのお馬鹿な大喰らい」(すべて中央公論新社)など。著書は「パリ、カウンターでごはん」(誠文堂新光社)など多数。https://note.com/aya_ito

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