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【対談】中塚翠涛氏 × 石原紳伍 未来へのプレゼンテーション



今回のメゾントークのゲストは2回目の登場となる書家の中塚翠涛さん。2023年の新作コレクションのテーマ「COLOR」が発表された直後というタイミングで、コレクションのアートワークを手掛けられた中塚さんに創作に込めた思いを伺いました。そして、メゾンカカオがコレクションに向き合う思いを言葉にした「未来へのプレゼンテーション」にちなみ、アートや地球の未来について、どのようなことを考え、感じているか、お話をお聞きしました。

きっかけは翠涛さんの個展

石原
今年も間もなく本格的なバレンタインシーズンが始まりますが、このタイミングで中塚翠涛さんをお招きし、お話を伺える機会を得たことにまずはお礼をいわせてください。翠涛さん、本日はメゾンカカオにお越しいただき、ありがとうございます。
 
中塚
こちらこそお招きいただきありがとうございます。
 
石原
今日は「未来へのプレゼンテーション」というテーマで翠涛さんとお話しさせていただければと思いますが、この「未来へのプレゼンテーション」というのは、メゾンカカオが毎年発表する「コレクション」にかける思いを表現した言葉です。ブランドを100年続かせるためには、過去の焼き直しではなく、未来を拓くという意志を持ってつねに新しいテーマを発表していかなければならない。だからコレクションは僕たちにとって「未来へのプレゼンテーション」というわけです。
 
中塚
とてもよくわかります。
 
石原
そして、2023年のコレクションのテーマは「COLOR」。このテーマに至った経緯を少しお話しさせていただきます。昨年のアムール・デュ・ショコラの期間中、翌年のテーマについて考えを巡らせていたところ、ちょうど銀座で翠涛さんの個展が開かれていました。アムール・デュ・ショコラは僕らが「夢の時間」と呼ぶ特別な催事で、その場を僕が離れるというのは通常ありえないことなのですが、翠涛さんの個展だけは見に行かなければと思いました。
※毎年ジェイアール名古屋タカシマヤで開催される日本最大のバレンタイン催事
 
中塚
あの時は、一年でいちばん忙しい時期にわざわざ足を運んでくださって、とても感激したことを覚えています。
 
石原
会場に伺い、作品を拝見したら、四季をテーマにした作品が展示されていました。それを見て、僕たちのものづくりやお客様へのおもてなしも、四季のように一年を通じて続いていくものなので、コレクションのテーマとして非常にインスパイアされました。そこから「FOUR SEASONS」というキーワードが浮かび、さらに2020年に訪れたドバイ万博で見た景色が掛け合わされました。万博の展示に生物多様性やサステナビリティをテーマにしているものがあって、自然界の色を巧みに使ったプレゼンテーションをしていたんです。その光景と「FOUR SEASONS」というキーワードが結びつき、「COLOR」というテーマが生まれました。そのような経緯があるので、もしあの時、翠涛さんの個展を見に行ってなければ「COLOR」というテーマは見つからなかったと思います。翠涛さんに伺いたかったのは創作に込めた思いです。個展にはどのような思いで臨まれたのですか?
 
中塚
今、紳伍さんがドバイのお話をされましたが、私はコロナ禍になって以来3年近く、海外に出かけていません。私にとって旅はインスピレーションの源なので、それはつらい状況ではあるのですが、「一陽来復(いちようらいふく)」という言葉もあるように、いずれ必ず好転すると信じて、作品づくりに向き合っていました。旅に出られない分、想像力を働かせて、空想の旅に出るような感覚もありましたし、時々訪れる鎌倉に救われたところもあります。東京からわずか1時間という、旅ともいえない移動ではあるけれど、それでもやはり東京で見る景色とは違います。光の色さえも違って見える。そういう景色を見るだけで明るい気持ちになれました。

「COLOR」のアートワーク



 石原
僕たちがいる鎌倉が力になれたとしたら、大変光栄です。では続いて、今回のコレクションのアートワークについて、伺いたいと思います。「COLOR」というテーマは翠涛さんにとっていかがでしたか?
 
中塚
毎年のコレクションではひとつのテーマに基づいて、異なる味のチョコレートが発表されます。ひとつひとつの味の世界をどうつくるか、いつも頭を悩ませるのですが、「COLOR」は最初に味のイメージを的確に伝えてくださったこともあり、方向性が比較的早く定まりました。回を重ねるごとに意識共有もできるようになってるかな?とも思います。「旅するメゾン」に同行し、メゾンカカオのみなさんと一緒にサクランボを収穫したことも貴重な体験でした。現地に足を運ぶと、果実が生まれる風土を肌で感じられますよね。おかげで私のアートワークは全体的に順調に進んだと思いますが、実は最後の最後で追加や修正を繰り返し、拘り抜く姿勢は毎度変わりません。その想いこそがお客様に自信をもってお届けできる理由かもしれません。
 
石原
具体的には着想をどのようにアートに落とし込んでいるのですか。
 

中塚
たとえば、アロマ生チョコレートの「MACADAMIA」のイメージは「ハワイ島」で、ゴールドや白を基調にしたいと、かなり具体的なイメージを伝えていただきました。そこで私はまず全体的にエレガントな雰囲気を出したいと思い、ゴールドと白のテクスチャーを重ねて、イメージを膨らませました。そして、マカダミアナッツの弾けるようで少し柔らかな食感を出したいと思い、いろいろ画材を選びながら、岩のようなマット感を表現していったという感じです。
 
石原
できあがったアートはまさに僕らのイメージとぴったりでした。

中塚
同じ「MACADAMIA」でもガトーショコラの方は「ハワイ島の溶岩の要素を…」とおっしゃっていましたよね。私は一度だけハワイ島に立ち寄ったことがあり、その時の印象は自然豊かな島だったので、空から見えるハワイ島の風景を想像し、溶岩と海、自然が混じり合う様子やマカダミアナッツの香りも漂わせられたらと表現しました。私のアートワークはあくまでもチョコレートを引き立てるためのドレスアップです。いかに引き算をしていくか妄想旅をしながらいつも楽しく悩んでいます。笑
 
石原
色のイメージをつかむために、翠涛さんは僕のインスタグラムも見てくださったと聞きました。
 
中塚
同じ青でも、私と紳伍さんが思い浮かべる青はやはり違うと思うんです。インスタグラムの写真を見ると、紳伍さんが日常的にどのような色を見ているのかがよくわかり、具体的なイメージの共有ができます。見られている景色がチョコレートづくりにも反映されていると思うので、そのエッセンスをアートづくりに取り込むこともできると思っています。自分のための作品づくりでは自分自身をどのように表現するかに苦心しますが、クライアント様からご依頼されたお仕事の場合、相手の思いにどこまで寄り添えるかをいちばんに考えています。「COLOR」では自然界の色を表現したいという紳伍さんの思いがはっきりとあったので、私はそのイメージを形にすることに専念できました。

石原
そこまで汲み取っていただいて、翠涛さんにはいつもほんとうに頭が下がります。

アートの未来
 
石原
今日は「未来へのプレゼンテーション」にちなんで、未来についてのお話をいろいろ伺っていきたいと思いますが、翠涛さんにまずお聞きしたいのが「アートの未来」。書家としてアートの未来をどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
 
中塚
厳密にいえば、書道とアートは異なる分野だと思いますが、「道」がつく世界というのは、それまでの歴史や伝統を継承していくことに重きが置かれる世界。なので、20年後、30年後も変わることなく書道であり続けると思いますし、それはそれでとても大事なこと。私が「書道家」ではなく、「書家」と称しているのも、「書道」という枠にとらわれず、自分の見てきた経験を重ね、書をもとに表現しているという意識があるからだと思います。
 
石原
なるほど。
 
中塚
一方でアートの世界ではNFTアートが暴騰したり、ジャクソン・ポロックの作品がオークションで何十億円もの値段で落札されたりしています。作家の価値が作品の「値段」だけで評価されたり、作家が本来意図していない目的で作品が売買され、ほんとうに欲しい人に届いていなかったりすれば、それは寂しいこと。そのような状況がこの先もずっと続いていくのか私にはわかりませんが、それがスタンダードになる可能性もあります。そうなると、アートの未来は作品そのものに価値を置くアートと、それ以外に価値を置くアートのふたつに分かれるのかなと思ったりもします。
※ブロックチェーン上で発行された代替不可能なデジタルアート作品
 
石原
確かに。アートではありませんが、高級時計の世界にもそれと同じようなことを感じます。高級時計は今投機目的で売買されていて、新品の価格がありえないくらいに跳ね上がっています。もはや富豪のようなお金持ちしか買えないという異常な状態が続いている。そこで、パテック・フィリップというスイスのブランドはお客様をちゃんと見定めて、その価値をほんとうに理解してくれる人に「お譲りする」という感覚で販売していると伺いました。
 
中塚
とても誠実な姿勢ですね。
 
石原
時計にしてもアートにしても、もともとは「純粋に欲しい」というお客様がいて、そこでは作品とそれを所有する人とは親密な関係で結ばれています。ところが、投機などの目的で作品を求める人があらわれると作品と所有者の距離はどんどん離れていく。日本ではバブル経済などもあって、作品と所有者の乖離が続いていたように思いますが、今後は徐々に近づいていく気もしています。それを感じさせるのが近年のコンシャスラグジュアリーの高まりです。コンシャスラグジュアリーとは簡単にいうと、高級や贅沢といった既存のラグジュアリー観から、本質的な価値の追求や地球環境を意識するといった、新しいラグジュアリー観へのシフト。豪邸よりセンスのよい住宅。ガソリン自動車より自転車。グルメ(食い道楽)よりフーディー(食通)。そうした価値観は投機目的のアート売買などとは相容れないと思います。
 
中塚
それはもう、まったく違う世界ですよね。

石原
コンシャスラグジュアリー的な価値観を持った人たちがこれからの時代をつくっていくのだろうと思うし、僕らが翠涛さんのアートを使わせていただくのも、パッケージをずっと大切に持っていてくれたり、別の用途に使ってくれたりする人が増えると、廃棄物が減り、環境貢献につながるという思いが根底にあります。メゾンカカオはチョコレートをチョコレート以上のものにするために、驚きや感動をお客様に届けていきたいし、そのためにはアートの要素は不可欠だと思っています。
 
中塚
今紳伍さんがおっしゃったことにとても共感します。私もつくり手のひとりとして、自分の作品をほんとうに大切にしてくださる方や育ててくださる方にお譲りしたいという気持ちがあります。人と作品の良好な関係の先にアートの未来があるとすれば、それはすごく幸せなことですね。

地球の未来
 
石原
では、ここからフォーカスを広げますね。「地球の未来」について、翠涛さんはどのように考えているか、伺ってもよろしいですか。
 
中塚
地球の未来については、気候変動など環境に関わることが大きいと思うので、国内外のさまざまな生産地を訪れている紳伍さんがどう感じているのかお聞きしたいです。
 
石原
では僕からお話しさせていただくと、気候変動に関して、世界の平均気温は年々上昇し、最悪の場合100年後には4℃上がるという予測もあります。平均気温が1.5℃上がるとサンゴが死滅するといわれているので、4℃も上がれば生態系への影響は計り知れません。国内の生産者の方を訪れた際に、最近よく聞くのが、収穫時期がずれたとか、特定の品種が栽培できなくなったという話。逆に今まで栽培できなかった品種が栽培できるようになったという話もあって、今北海道の農作物が注目されています。たとえばサクランボは山形産が有名ですが、北海道もおいしいと評判だし、ワインも甲府産はひとつのブランドになっていますが、近年では北海道のワイナリーの人気が高まっています。
 
中塚
それも温暖化の影響なんですね。
 
石原
僕が毎年訪れるコロンビアでも同じような現象が起こっています。カカオとコーヒー豆の生育地は標高差が違うだけでほぼ重なるんですね。カカオの生育地があって、それより標高が高く、気温の低い地域にコーヒーの生育地があるという位置関係なのですが、最近ではコーヒーの実が育たなくなってきている。その代わりに、これまでカカオが育たないと思われていた高い標高でもカカオ栽培ができるようになっているんです。この変化をどう捉えるか、なのですが、手放しで喜べない状況ではあると思うんです。
 
中塚
国内外の生産地を訪れている紳伍さんだからこそ、地球環境の変化を肌で感じるわけですね。
 
石原
環境の変化によって、生産者の方々の姿勢や取り組みが変わりつつあるとも感じています。たとえば漁師の方々は今、地産地消にこだわり始めています。水揚げした魚をどの市場に持っていくかは通常漁師さんが決めるのですが、当然高く買ってくれる市場に運びたいわけです。豊洲市場がいちばん高く買ってくれるとなれば、駿河湾から東京までトラックで運ぶ。でも、そうするとその分燃料を消費することになるし、CO2も排出します。それでは環境負荷が高くなるので、水揚げされた場所からなるべく移動させず、その場で消費しようという意識が高まっているんです。悪化する地球環境に対して、それをどうにかしようとみんなで協力していこうという状況も生まれています。
 
中塚
それは希望の持てる話ですね。それでいうと、コロナ禍で世界中の都市がロックダウンされたことで地球上の大気汚染物質が減少したという話がありますよね。私も東京にいて、心なしか空気が清々しくなったように感じましたし、鳥のさえずりに耳を傾けることも増えました。そういう意味では、コロナウイルスは人間にとっては間違いなく災いでしたが、地球環境にとっては幸いだったかもしれません。人間にとって何が大切なのかを教えてくれたという側面はあったと思います。
 
石原
そうかもしれませんね。

中塚
一方で今、ウクライナでは戦争が起こっています。自分が生きている間にヨーロッパで戦争が起き、飛行機が上空を飛べなくなるなんて想像したこともないことが現実になっています。それくらい未来は予測不可能ですが、時代の変化に翻弄されないためにも、自分の礎を築くことは重要ですよね。私自身は一日一日を大切にしながら、そこで感じる喜びを見つけていきたいと思っています。
 
石原
今のお話を聞いて、以前、翠涛さんが僕の子どもたちに、風に揺れている草木を見せて、音楽を奏でているみたいだねとおっしゃっていたことを思い出しました。そういうものの見方は心の豊かさにつながると思うし、心の豊かさは人生の豊かさにつながる。人生において何を優先させるか、その順番を変えるだけで、地球の未来に対する意識も変わる気がしますね。
 
中塚
ココ・シャネルの映画のワンシーンで「嫌悪感に敏感なの」という言葉がとても印象に残っています。ココの精神は日本人の気質にはなかなか難しいですが、苦手なものや嫌いなものを我慢するのではなく、排除していくことは自分の世界を作る為には必要なことだと教わりました。またフランスに長らく住まれていたマダムからも「嫌いなものを排除しなさい」と言われたことがあり衝撃的でした。フランスから学ぶことのひとつとして、自分の人生の彩り方。限られた人生の時間の中で、無理をして克服することよりも、自分にとってほんとうに必要なものに目を向け、選び取っていくことが大切だと教わりました。
 
石原
なるほど。
 
中塚
同じような意味の言葉で「放下着(ほうげじゃく)」という禅語があります。放下着というのは、簡単にいうと、余計なものは捨て去りなさいということで、要は断捨離ですよね。自分にとっての要不要を選別して、必要なものだけを選択する能力を身につけることがこれからの自分にとっても、これからの地球にとっても大切かもしれませんね。
 
石原
ほんとうにそうですね。僕も心がけていきたいと思います。

メゾンカカオの未来
 
石原
それでは最後に、自分たちの話で恐縮なのですが、メゾンカカオの未来について翠涛さんにお話を伺えればと思います。
 
中塚
メゾンカカオというブランドは日々アップデートされていて、成長しつつ、進化もしていますよね。それに驚きながらいつも前向きな力をいただいています。そして何より、紳伍さんを始めメンバーのみなさんが、お仕事を本当に楽しんでいることに感心しています。「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という孔子※の言葉があります。知識があっても好んでる人には敵わない、好んでいる人は楽しんでいる人には敵わないという意味。私自身、孔子のこの論語の言葉から力や勇気をもらい、「楽」というテーマで作品をつくることがこれまでに多くありました。メゾンカカオのみなさんからもまさにこの言葉に通じるポジティブなパワーを感じています。あとは人ですね。ブランドをつくる要素として、チョコレートなどの製品はもちろん、理念や哲学も大切ですが、人がいなければそもそもブランドは成り立たない。ですから、とりわけ重要なのは人。人を大切にされて、みんなで楽しんでいければ、よりよい未来が待っているのではないでしょうか。
※中国、春秋時代後期の学者・思想家。儒家の祖。
 
石原
ありがとうございます。メゾンカカオは今年創業8年目を迎えます。過去を振り返ると、ラグビーで培った経験のおかげでメゾンカカオというすばらしいチームをつくることができたし、翠涛さんを始め、僕らを支えてくださる方々のおかげでブランドがここまで成長できたと思っています。そして、未来に目を向ければ、僕が社長として先頭に立つのは、おそらくあと20年とちょっと。社長を退くまでに100年続くブランドの基盤を固めることが僕の役割で、人とブランド、そのどちらも成長させていきたいと考えています。
 
中塚
私もメゾンカカオの未来に期待しています。
 
石原
今日は翠涛さんに「未来へのプレゼンテーション」というテーマでいろいろな話を聞かせていただき、大変有意義な時間を過ごせました。ほんとうにありがとうございました。
 

中塚 翠涛(書家・Calligraphy artist )
岡山県生まれ。瀬戸内の穏やかな気候で育ち、翠涛の雅号はそこに由来する。パリ・ルーブル美術館に併設された展示会場「カルーゼル・デュ・ルーブル」で開催されたSociete Nationale des Beaux-Arts 2016では、約300㎡の空間に 書のインスタレーションを発表し「金賞」「審査員賞金賞」をダブル受賞。手がけた題字は、ユネスコ「富士山世界遺産」、映画「武士の献立」など多数あり、 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の題字も担当している。『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』(宝島社)シリーズは、累計430万部を突破。

*個展のお知らせ*
中塚翠涛展〜イロドリ〜
銀座三越本館7階ギャラリー
2023年3月8日〜3月13日(最終日は17時まで)
Instagram : @suitou

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