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≪対談≫ 佐藤 義人×石原 紳伍

佐藤義人(アスレチックトレーナー)
アスリートから絶大な信頼を寄せられるアスレチックトレーナー。負傷者を短期間で復帰させる「ゴッドハンド」とも称される。独自の研究によるバイオメカニクスの観点から体の状態を分析し、手技中心で施術、さらにはパーソナルトレーニング方法の指導も行っている。2015年のラグビー日本代表の専属トレーナーとして、堀江翔太選手をはじめとした数々の選手の劇的な回復と驚異的なパフォーマンスの向上を実現。
また、独自のトレーニング理論を自ら実践する事で、ビーチサッカーワールドカップの日本代表選手に選出され、 ビーチサッカーワールドカップアジア予選・本大会に出場し、アジア2位、世界ベスト8に貢献。

もがいてもがいて辿り着いた「自己犠牲」の本当の意味


アスレチックトレーナーの佐藤義人さんと「MAISON CACAO」代表の石原紳伍さん。
一見繋がりが見えない2人は実はとてもよく似た経歴を持っていた。
夢を持ち、誰よりも努力を重ねて手に入れたスター選手のポジション。
大きな怪我に見舞われ、目の前がガラガラと崩れ落ちる挫折の経験。
自らの夢を転換し、選手のために自分にできる全てをしようという決断。
想像を絶する経験を重ねながらも、常に未来を見つめ、ベストを更新し続ける2人には大事にしている想いがあった。
「犠牲」という一見ネガティブな言葉を2人がどう捉えるのか、対談を通してその真意を聞いてみた。

サッカーとラグビー、それぞれのスター選手に降りかかった災難


佐藤:僕が学生の時代はJリーグが発足されたばかり、プロサッカー選手を目指してそれこそ毎日練習をしていました。中学でプロテストを受けるものの、当時は1万分の1の確率で、最終審査で落ちてしまったんです。でもまだプロは目指せると、サッカーに明け暮れる日々でした。強豪校に入学するんですが、高校1年生で大阪の代表候補に選んでもらって。ここからという時に、交通事故にあって膝を骨折してしまったんです。僕の人生そのものだったサッカーができなくなる、と必死でした。でもスポーツ医療とかはその当時はなくて、接骨院に通うしかなかったので復帰までに1年かかったんですよね。

石原:僕も中学からラグビー漬けだったのでわかります。同じく大阪代表に選ばれて、キャプテンもやらせてもらい、努力すればその分成長できていた。結果が出るのが嬉しくて毎日練習していました。それが高校2年生で肩を粉砕骨折して。大学の推薦には2年生の結果が全てなので、もうこれでラグビーの道はない、と目の前が真っ暗になったんです。

佐藤:高校2年生を棒に振って、3年生でなんとか復帰したものの、怪我がちゃんと治っていないから故障の繰り返しでした。まともにトレーニングできず、下手にすると足が痺れたりヘルニアを発症、朝起きると立ち上がれないこともしばしばでした。誰よりも遅れているから何倍も練習しないといけないのにそれができなくて。毎日今日は立てるのか、と半ば絶望的な気持ちで目覚めていました。

転機ともなった、大きな挫折経験


佐藤:僕も高校の時に1年、2年と学年キャプテンをやらせてもらい、3年も当然任せてもらえると思ってたんです。コーチと先輩が例年決めるのですが、任命してもらえて。ところが同じ学年のメンバーから、創業以来初めて異議が出たんですよ。「佐藤はプレーしていないのに、キャプテンになるべきではない」と。

石原:怪我をしても毎日チームのためにできることをやっていたのに?

佐藤:チームファーストを常に考えていたので、正直言葉にできないくらいショックでした。今思うと、僕にも足りない部分がたくさんあったんですが、当時はそれを受け止めきれなくて。でもキャプテンとしてはもうチームを引っ張れない、それなら異議を唱えたメンバーに本気で後悔させるくらい、死ぬ気で頑張ってやろうと決めました。当時はそれが自分自身、倒れずに立っているための精一杯の思いでしたね。

石原:それで1年、キャプテンではない形でチームを支えたんですね。
僕もびっくりするくらい似た経験があります。
僕の場合は、怪我で高校はなんの結果も出せなかったのですが、中学時代の成績を見た帝京大学のコーチに引っ張っていただいて、大学でラグビーを続けました。佐藤さんのように、怪我が完全には治っていないので、本当に故障が多かったです。それでもリハビリとトレーニングを繰り返して、大学3年生でやっとレギュラーの座を掴みました。
ところが4年生に上がってすぐ、全員が監督に呼ばれて。「お前たちの中から、1人学生コーチを任用する。選手としての活躍はできなくなるが、その覚悟が全員できたらここに来い」と。僕たちの学年はすごく仲が悪くて。誰も覚悟なんかできるわけないじゃないですが、舞台に立つためにみんな毎日辛い練習も必死に耐えてきたのに。喧嘩を繰り返して、でももう時間切れで全員、覚悟もできていないくせに監督のところに行ったんです。そしたら監督の視線が目の前で止まって、「石原、頼むぞ」と。

佐藤:4年生の最後の舞台、一切試合に出ていないんですか?

石原:はい。選手を引退し、学生コーチとして1年チームづくりに取り組みました。
かつてのチームメイトが活躍する競合チームの練習を見に行って対策を考えたり、1年生が体づくりに打ち込めるように役割を変え、4年生が掃除洗濯をするようにしたり。プライドに縛られてる暇なんかなかった。みんな心の中では大ブーイングだったと思いますが、選手生命を絶たれた僕のいうことだから、協力してくれました。

佐藤:石原さんのチームへの愛情とか「ワンチーム」の考え方はここから来ているんですね。

聞いていて胸を締め付けられるような経験をしている2人だが、過去を語る姿に曇りがない。むしろこの経験をしたからこそ今があると言わんばかりの前向きさを感じた。大きな挫折の先に2人は何を見つけ出したのか。

今へと続く、強い精神力を語る


石原:学生時代の経験から、アスレチックトレーナーを目指すようになったのですか?

佐藤:そうです。自分と同じ経験をした人に何かできないかと医療を目指すようになりました。でも学んでいるうちに当時の医療に違和感を感じたんですよね。車の修理のように、壊れたものを手術で開いて、繋げて、治すのが主流で。でもそれではうまくいかないことが多いんです、物理的には治っても機能しなくて。「ちゃんと治す」ってなんだろうと考えるようになって、鍼灸の道に進みました。それが今のアスレチックトレーナーにつながっています。スポーツの現場で選手の体を治し、復帰するまでのプロセスを一緒に歩む。世界的にもまだ少ない職業で、選手と共に本当に幅広い役割を担っています。

石原:佐藤さん自身も壮絶な経験をされていますが、プロとなると怪我とか負けによるモチベーションコントロールってすごく難しいですよね。「精神力を鍛える」が今の大きなテーマなのですが、精神力ってどう磨けると思いますか?

佐藤:僕にとってもめちゃくちゃ大きなテーマです。今回5年ぶりの優勝を果たしたラグビートップリーグ、パナソニックの専属トレーナーをやらせてもらって感じたことは、「チームで成果を出すためには1人1人に役割があって、それを全員が本気でやり切れるか」ということです。逆に言えば、「自分の役割を理解しているか。今目の前のやるべきことをやり切っているか。」チームの全員がそれをできてこそ、それぞれの精神力が鍛えられるんじゃないかと思うんです。

トップの役割、メンバーの役割


佐藤:ラグビートップリーグは50人の選手でできています。試合に出られるのは15人なので、35人は出られないわけです。でも表舞台に立つ15人が輝くためには、試合に出られない35人の動きがめちゃくちゃ大事なんです。彼らが仮想の相手チームになるので、相手チームの癖を見抜き、完全に模倣して練習相手になります。でもね、本当は試合に出たいんですよ。ライバル意識とか嫉妬はすごくあります。それでもふてくされず、諦めず、チームのための自分たちにできることは何なのかを理解して全うする、それがパナソニックの強さでした。

石原:その感覚、ものすごくわかります!ラグビーは本当にチームスポーツ。試合に出るメンバーだけでなく、チームのみんなで作り上げて、戦って、成果を出しに行くスポーツですね。

佐藤:MAISON CACAOさんとすごく似たものを感じます。今日こうしてみんなと会ってみても、ワンチーム感がすごい。みんなが同じ目標を持って、それぞれの役割を理解して、それを楽しんで本気でやっている。でもそれは自然発生的にできるわけじゃない。トップにはトップの役割が、メンバーにはメンバーの役割があるんですよね。

例えば2015年ラグビー代表のエディ・ジョーンズ監督。
広ーいコートの端でエディ監督が教えていて、僕はよく見えないような遠く端で怪我をした1人の選手を指導していたんです。何の練習をしているのか、誰にも言ってないし、近くでみても気づかないような細かなスタートダッシュの指導をしていた。そしたらその日の練習後のエレベーター内でエディ監督が僕に一言、「ナイススタート」と。ものすごく見てるんですよ、選手のことを。特にトップ選手ではないメンバーの努力や苦しみをよくみている。そして1人1人のケアを本当に丁寧にしている。役割を明確に示して、期待を伝えて、寄り添う。
パナソニックのロビー・ディーンズ監督も同じで、先日の優勝打ち上げでは、ノンメンバー全員をロビー監督が壇上に上げて、優勝トロフィーを感謝の言葉とともに渡していました。

石原:まさにリーダーシップですね。優しさとか思いやりとはちょっと違って、苦労をしている人ほど他人に寄り添えるんだと感じます。人生順調にばかり進んでいたら見えないことがある。低空飛行した人ほど強いというか、そういう意味では僕自身の経験も振り返るとよかったなと思えるんですよね。

佐藤:それは僕も同じです。20代、30代で踏ん張って、頑張って、もがきながらも成果を出した人はすごく魅力的な人が多いです。
もう1つ、今度はみなさんにもうすこし近い話をできたら。

ラグビー日本代表の堀江選手、彼には左手麻痺の状態で出会いました。
試合の4ヶ月前、「佐藤さんの言ったこと、全部やるので僕をW杯に出してください」
初対面でそう言われました。本当に辛くて地味なトレーニングを堀江選手には課しました。1日だけでも嫌になるようなきつい練習でした。でも彼は絶対にブラさずにやるんですよ、ちょっと怪我が良くなっても、少しして前のようにプレーできるようになっても、甘えず変わらずにずっと決めて続けられるんですよね。
僕自身隣で見ていて、なんでこんなにできるんだろう、その場ではすぐに大きな成果が出ないのにと思っていました。でも彼はやってきたことが未来の成果につながることを信じているんです。
目指すところに対しての今やるべきことを理解して、もっと言えば信じて、「今目の前のことをどうやり切るか」「毎日のベストを更新し続ける」ことを続けています。

石原:翔太らしいですね。でもこれってスポーツに限らず、僕たちにも言えること。
「MAISON CACAO」の目指すことは”文化創造”なのですが、大きくて遠くて掴みづらい。でも実は文化創りという大きな目標だからこそ、「未来のゴールに向けて、それを信じて努力し続けられるか」「小さな結果でもいいから毎回必ず結果を出しに行く、やり抜く」ことが大事なんだと思います。

佐藤:そうですね。しんどい真っ只中にいるときは未来を見失いそうになる。結果が出なかったり、評価してもらえないとブレてしまって投げ出してしまいそうになる。そんな時、チームで良かったと思うんですよ。もちろん個人で頑張らないといけないこともあります。でも仲間がいるからできることもあります。チームの強さはそこですよね。どれだけお互いがお互いを思って頑張れるか。一番辛い時、支えてくれるのは仲間だなと。

究極の自己犠牲、その意味とは


石原:「MAISON CACAO」のチームは、相手に時間を使える人の集まりだなと思います。
自分に余裕がある時だけじゃなくて、苦しい時もギリギリの時も。相手を思い、お互いが目指すゴールを伝え合って、鼓舞しあって、情熱を灯して走っています。
それは我慢とかじゃなくて、お互いを思って寄り添えるか、そこに意味を見いだせるか。
犠牲って言葉、ネガティブな意味合いが多いですけど、僕は大事だなと思っています。

佐藤:究極の自己犠牲ですよね。わかります。
自分を犠牲にしてダメにするのではなく、チームのことを一番に考えて、自分の長所をチームのために出せるか、それが自己犠牲だと思います。

石原:その言葉、すごくスッキリしました!そしてその長所をチームのために、未来のゴールを見据えて出すために、それだけの覚悟を持って、努力をして、小さな結果を出し続けることが大事なんですよね。

佐藤:日本代表が南アに勝利した翌日、全員が口を揃えて言った言葉があります。
「人間ってこれ以上努力できない、それを1人もサボらずに全員が同じモチベーションでやった時にこんな奇跡が起きるんだな」と。自分たちの想像を超える化学反応ってチーム1人1人の思いと努力から生まれるんですね。

ONE FOR ALL, ALL FOR ONE.
佐藤さんと石原さんがそれぞれの挫折と経験の先に見えたもの、
今も努力をし、チャレンジをし、ベストを更新し続ける2人の原点にある思いがこれなのだろう。それは単なる犠牲心ではない、自分と仲間を信じ抜く精神力そのものだ。

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