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旅するメゾン 宮崎 もりのライチを訪ねて


アロマ生チョコレートも、ショコラ・コキーユも、「LYCHEE」を一番に挙げる熱烈なファンは多い。
その素材となるライチがどのようにつくられているのか。そして、生産者とメゾンカカオ創業者石原紳伍との固い信頼関係はいかにして築かれたのか。宮崎県のライチ農園を訪ねた。

想像する農業
四季折々の最高の素材を求めて、国内外の生産者を訪ねる「旅するメゾン」。2025 年7月、夏空の下、メゾンカカオの一行が訪ねたのは、宮崎県新富町の「もりのライチ」。森哲也さんが農園主を務めるライチ農園だ。到着したメゾンカカオのメンバーが森さんに挨拶をすると、まるで家族の帰省を待っていたかのように笑顔で迎えてくれる。さっそくビニールハウスに案内されると、中にはジャカパット種のライチが豊富に実っていた。

「どうぞ好きなだけ食べてください」
森さんに促されて、石原が赤く熟れた大粒の実を摘み取り、皮を剥く。
その瞬間、果汁が手のひらにまで流れ出す。果肉にかぶりつくと、表情が一変した。

「すごい!ほんとうにおいしい。毎年、去年の記憶を超えてくるのが信じられない」
他のメンバーも次々とライチに手を伸ばす。たちまち「甘い!」「おいしい!」「やばい!」という歓声がハウス内に響く。その様子に、森さんは静かに微笑みを浮かべた。

「今年はアミノ酸とタンパク質を強化してみたんです。大豆カスや魚のエキスを交互に入れていろんな成分を重ねる。どんな複雑な味になるかな、と想像しながらね」
森さんは会話の端々で「想像してやってます」「想像せんとね」と繰り返す。植物は言葉を話さない。根は土の下で見えない。
だから葉の色や伸び方、枝の状態、実の締まり具合など、断片的なサインを拾い集め、木の中で何が起きているのかを想像し、仮説を確かめながら育てていく。その姿勢は「想像する農業」と呼ぶにふさわしい。


甘みを超える旨みの追求
糖度を上げる試行錯誤を重ねた結果、今が限界に近い、と森さんは感じている。
では、甘さだけでは語りきれない奥行きを何で生み出すか。答えのひとつが「旨みの層」だった。大豆や魚などの栄養と土の中の微生物の力をうまく効かせ、味に厚みを出していく。
「ひとつの旨みだけだったら、味は単調になる。いろんな成分が配合された時に、また違う旨みが出てきます。
うちでしか出せないその味を感じてくれたらうれしいですね」

他に類を見ないこの味わいは、森さんの緻密な環境管理から生まれている。微生物資材やアミノ酸で微生物を動かし、根の吸収を助ける。根が働けば実が育ち、味に厚みが出るという。また、夏場は遮光や散水で糖度が抜けるほどの高温を防ぎ、冬場は加温機の微妙な調整により、花をつけるための低温ストレスを与えている。

森さんが扱う品種はジャカパットに加え、香りが華やかで比較的寒さに強いとされるクェイメイ・ピンクの2品種だ。それぞれの特性を理解し、品種に応じた栽培を行っている。この味づくりの原点は、じつは「ついでに」入ってきた数株のライチ苗にさかのぼる。

偶然始まったライチ栽培
森さんは園芸農家の家に生まれ、就農後しばらくはラン栽培に携わっていた。転機は父がマンゴーを導入した際、輸入業者が数株のライチ苗を「よかったらついでに」と勧めてくれたことだった。栽培を始めてみるとマンゴーには思うように実がつかなかったものの、ライチは少しずつ実をつけ、食べてみると「仰天するほど」おいしかった。

そこで、森さんはランからライチ栽培への転換を決意する。
そもそも宮崎では過去にライチ栽培が試みられたものの定着しなかった経緯があり、土地との相性や品種選びが難題だっ
た。その中でジャカパットが適性を見せたことが大きかった。「人と違うことをしないとダメだ」という父からの助言も背中を押した。横並び競争から離れ、自分だけの作物づくりへ舵を切った。

一方で、宮崎をライチの一大産地として育てたいとの思いから、栽培のノウハウを県内のライチ生産農家に惜しみなく共有してきた。こうして本格化していくライチ栽培が、やがて森さんと石原を結びつけることになる。

信頼関係の始まり

2022 年の夏、世の中はコロナ禍のさなかにあった。一度食べた「もりのライチ」の味が忘れられず、石原は何のコネクションも、誰からの紹介もなく、宮崎を訪ねた。手土産のチョコレートを携え、たったひとりで農園を訪れた石原を、森さんは温かく迎えた。事務所に招き入れ、冷たいお茶まで用意してくれる。

通常なら立ち話で済まされるところを、森さんの心遣いが石原には嬉しかった。
「もちろん石原さんのことも、メゾンカカオさんのことも知りませんでした。なので、初対面の若者の実力をすぐに見抜いた、なんてこともないです。でも、芯のある人じゃないとわざわざここまでやって来ないでしょう。とりあえずやってみたらというつもりで、ライチを差し上げたんです」

だからこそ、石原との2度目の出会いは衝撃的だったと森さんは言う。
「ライチを使ったホワイトチョコレートを試作して、持ってきてくれたのですが、そのおいしさにびっくりしました。それで石原さんの、うちのライチに対する本気度がわかったんです」その試作品がのちにアロマ生チョコレート「LYCHEE」として結実する。発売と同時に人気となり、今ではメゾンカカオを代表する製品として、多くの人に愛されている。

幸福と裕福をもたらしてくれる存在
石原はこれまで日本各地の優れた生産者たちと出会ってきた。その中でも森さんは別格の存在だと断言する。
「同じ作物を育てても、森さんの手が加わると、まるで魔法がかかったように品質が変わる。
森さんは想像という言葉を使ってライチの育て方を説明してくれましたが、それはおそらく数え切れないほどの失敗を重ねた上での想像なんです。

去年、ここを訪れた時に、受粉がうまくいかなかったと森さんが珍しく気を落とされていた。でも、今年はやり方を変えてみたと言って、その結果がこのとんでもない出来栄えです。それが心の底からすごいと思う」その石原を森さんはどう見ているのか。
「石原さんは生産者にとって、楽しませるという意味での幸福と、支援してくれるという意味での裕福を、同時に叶えてくれる人。そういうところに大きな魅力を感じるし、人として尊敬しています。生産者をひとりの企業として見てくれる人って、まずいませんよね。その信頼の厚さをいつも感じていますし、メゾンカカオさんにはチョコレートの世界を大きく変えてくれることを期待しています」

ライチからチョコレートへ、感動を届ける
現在、森さんはアドバイザーとして、メゾンカカオが茅ヶ崎で進めるカカオ栽培プロジェクトにも関わっている。原産地も気候も異なるライチとカカオでは栽培方法も大きく違ってくるが、森さんは前向きな姿勢を崩さない。
「植物だから根本は同じ。失敗もあると思うけど、自分たちならではのやり方を想像しながらやれば、きっとうまくいく。そんな気持ちで取り組んでいます」想像し、仮説を立て、試して学ぶというサイクルは作物を超えて応用できると森さんは考えている。

最後に、メゾンカカオの製品の中で、お気に入りを森さんに尋ねると、「悩むけど、やっぱりコキーユはすごい。全部の製品を食べたわけじゃないけどね」と笑った。収穫に向けて1年を費やしたライチが、石原の手でチョコレートに生まれ変わる。それは森さん自身にとっても大きな喜びだ。2人の技術と情熱が重なり合う時、それぞれの力を足し合わせた以上の何かが生まれる。ライチからチョコレートへ。職人同士の信頼から生まれる驚きと感動はこれからも人々のもとに届いていく。

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