本当の意味で「カカオ」という素材を理解したのは、コロンビア農園での鮮烈な体験だったー

こんにちは、大橋 直誉です。
東京都・白金台で2013年から2018年末まで「TIRPSE」というレストランを経営していました。「TIRPSE」自体は白金での閉店後、今は場所を香港に移し「TIRPSE HK」(K11 MUSEA)で当時のTIRPSEのシェフやシェフパティシエが頑張ってくれています。
僕はといえば、他には様々な業態のレストランのコンサルタントや、海外へシェフを連れて行くイベントのマネージメントなども行なっています。レストランに関わる現場からトイレの型番選びまでの、ほとんどのことをこなしているので「職業はなんですか?」と聞かれる度に、「レストラン屋さん」みたいなものです、と答えることにしています。
今回、そのレストラン屋さんである僕にとっての「カカオ」についてお話できればと思います。僕自身、カカオというのは「食べるもの」というより、自分のレストランでデザートに使われる「素材」という感覚があり、とても魅力的で謎を秘めた素材だと思います。

魅力的で謎を秘めた素材、カカオ
まず、イメージしたのは「チョコレート」でした。「カカオ=チョコレート」と最初は思っていました。それに「カカオ豆」って言うくらいだから、コーヒーのように豆に火を入れて、潰して溶かしただけ、と想像していました。それが自分のレストランに届いていて、あとはパティシエが加工している。ショコラティエは、もう少し難易度の高いチョコレートの仕事をしているんだろう。
はじめはこのくらいにしか、考えていませんでした。
もちろん、僕はレストランの経営者としてコース料理のデザートに、加工されたチョコレートをひと切れ「はい、どーぞ。」とお出しすることはないので、チョコレートになる前の状態は知っていたはずです。
しかし「カカオ」を検索をしてみると、様々な色合いのカカオポットの画像の数々を目にし、「果たしてこれが、チョコレートになるんだろうか?」と思うはずです。というか、カカオという原料が、チョコレートに変わっていく過程なんて意識したことがある人の方が少ない気がします。僕もその1人です。
そしてその謎がゆっくりと溶けたのは、MAISON CACAOの石原さんに誘われ、一緒にコロンビアに行ってからのことでした。
地球の反対側で眼にした光景
地球というのはとても大きいもので、東京からロサンゼルスまで9時間のフライト。まぁまぁ、これは想定の範囲内です。ただ、その後コロンビアの首都ボゴタへは、なんと8時間。「え?右下にちょっと飛ぶだけじゃん?」と思いつつも「地球は丸い」ということを改めて実感したのでした。そうして、家を出てから30時間以上かけて僕はMAISON CACAOの自社農園に足を踏み入れたのでした。個人的には、この段階で「地元で採れた野菜」より数倍「カカオ」のほうが偉いと感じてしまいます。そして赤道のすぐ下のコロンビアだから、ビーチサンダルが必要だなんて思っていたら、ボゴタの標高は2,628メートル、気温は割と肌寒い。このように、旅の冒頭からいろんな期待や想定を裏切られた僕は一言、「やはりカカオは偉い」。
当時、僕自身はソムリエとしてフランスで生活をしていました。フランス中のワイン産地に行くと、その土地ごとの生産者は「なぜ、この葡萄がここに植わっているのか?」その問いに、答えられます。自然の競争だけではなく、品質の高さや文化背景など様々な理由があって、ここに植わっている理由というのがあるのです。そしてカカオにもその背景があるのでした。
MAISON CACAOの農園内にある高台に着くと感動的な光景が広がります。見せてもらった農園は、機械が入れないような斜面の中に見渡す限りカカオが植わっていました。そして、驚いたのがそこからカカオの発酵所は目と鼻の先。
素材でも、料理でも一番美味しいタイミングというのがあります。例えば料理であれば、出来上がってから放置しておいたら美味しくなっていく料理というのは、基本的に存在しない。収穫して、割ったばかりのカカオポッドからは、白い「パルプ(果実)」に包まれた一番美味しいタイミングのカカオ豆が現れる。発酵のもとにもなる15%ほどの糖分を含んだジューシーな「パルプ」とカカオ豆を一緒に食べる。カカオを食べたというより、「カカオの風味が存在するナッツを食べた」という感覚なのです。
この農園に足を踏み入れ、自分でカカオを収穫して食べて良いなんて・・・!とMAISON CACAOに感謝したことを覚えています。

コロンビアでの3つの感動体験
レストランをやっていた僕は、チョコレートのもとに「加工」されたカカオを「調理」したパティシエのデザートを提供していました。でも、1番の根本である「素材」の味は想像もつかないものがありました。だからこそ、コロンビアでのカカオという素材との出会いは本当に感動的な体験でした。
カカオの発酵所での体験だってそうです。これまでワインを始め洋酒、日本酒、酢など、仕事柄、様々な発酵所を訪れたことがありました。カカオの発酵所ももちろんベースには発酵特有の香りがあるのですが、同時にカカオの高貴な香りが漂い、その中で発酵中のカカオを食べる。さきほどのパルプをエネルギーに発酵して、人肌より少し暖かくなったカカオは少し「チョコレート」のほうに歩みだしている味わいがありました。
最近は物流も素晴らしいので、遠く離れた場所でも現地での体験にほとんど近いことが再現できますが、カカオの農園と発酵所、このどちらも、現地を訪れなければ絶対に体験できないものでした。僕自身もこういう新しい体験を重ねるたびに、今までの体験と繋がり、新しいプロダクトに繋がることもあります。そしてその素材が生まれる過程を知らないでやる仕事と、知っていてやる仕事は見た目が同じでも、光り方が違う。作っているチームが、この体験を理解していることで「クリエイティブ」でいられると僕は思います。
そして、もう1つ感動的な体験は、カカオ農園で働く人たちの子供のためにMAISON CACAOが地元に設立した学校に行った時のこと。子供達は、日本から来た言葉の通じない、おじさんたちに笑顔をくれました。こちらが元気をもらうような、明るく楽しい彼らとの時間は素敵な思い出として残っています。

カカオから広がる人々のつながり
ビジネスをする上で関わっている全ての人たちが幸せなことは、とても大事なことだけれど、どんなことでも基本的には矢印は「お客様」を向いています。「お客様」が幸せなこと、幸せになれるものを作ることで会社として持続することができるのは当たり前のこと。僕もチームを持って仕事をしているし、コンサルタント先を含めると多くのチームと働くことがあります。もちろん「お客様」を見ないといけない。
だけど、僕はまずはチームがハッピーでなければいけないと思っています。自分たちの仕事に自信を持ち、やっていることに生きる楽しさを見出して自立した状態に全員がなっているチームの仕事のほうが素敵な気がしています。
僕がみたのは、それをコロンビアで学校という地元の子供のコミュニティから共に創り上げている様子でした。コロンビアの農園で採れたカカオが、鎌倉でチョコレートになり、その農園で親が働いている子供たちが通うコロンビアの学校に届ける。僕もそのチョコレートを子供たちに配るのをお手伝いさせていただいた。ただ、手渡しただけでしたが、確かにカカオから広がる人々のつながりを感じたのです。
MAISON CACAOの店舗のひとつ、鎌倉にあるCHOCOLATE BANKでチョコレートを作っているショコラティエとも話したことがあるので、僕は彼らがどういう気持ちで仕事をしているか、分かるような気がします。木にぶらさがっている巨大なカカオポッドがあるコロンビアの農園から、様々な人の手を経て、形を変えて「カカオ」という素材が届いていることを理解している彼らは、素材への敬意を持ち、自分の出来る最高の仕事をするのだと思います。
こうしてカカオという謎を秘めた素材が、とんでもない長い旅を経てチョコレートになっているのがわかったのは、僕自身がコロンビアで子供達にチョコレートを配った瞬間でした。それまでは、分かっていたようで、実際のところ「カカオ」という素材が生む体験がどう繋がっているのかが理解できなかったのだと知りました。

日本のチョコレートだからできること
携わる人たちが、みんな一生懸命になれて幸せになれるカカオは、どんなチョコレートになるのか。この一件でコロンビアに石原さんと一緒に行かせていただいたこともあって、それから僕は色々なチョコレートを食べています。ソムリエをしていたヨーロッパや、現地コロンビアでもチョコレートを食べました。ただ、そのどれよりもMAISON CACAOのチョコレートを美味しく感じました。その理由は、日本人の唾液の量に合わせ、水分量を調整するなど骨の折れるような研究を重ねたの上でのプロダクトづくりにあると聞きました。彼らは、どうやったらかつてないチョコレート体験をお客様に提供できるかを日々科学している。
そこで思い当たったのは、フランスで生活していた時のことでした。当時、僕は出来るだけ硬水のガス入りのお水を飲むようにしていました。「フランス」というものに憧れていたので、少しでもフランス人と同じ生活をすることを望んでいたわけです。でも、1ヶ月しないうちに気づきます。ガスなしの軟水のお水が、体に合うということを。「フランスでみんなが食べている」、「いまアメリカで流行っている」とまったく同じ味は、実は100%魅力的ではないことは、僕が体験したのと同じようにお客様はどこかで感じているはずです。MAISON CACAO代表の石原さんは世界中にあるチョコレートを食べ、それに気づき、真にお客様に合わせた味わいを作り上げているのだと思います。そこに、日本の柑橘やハーブなど、日本で作るからこそ新鮮な状態で届くものを掛け合わせて、新しいプロダクトにしている。
日本で魅力あるプロダクトを作ること、それはMAISON CACAOにとってはボクが触れ合ったコロンビアのみんなに対する「使命」のようなものなのだと思います。素材も、作る人も、そしてお客様も喜べるプロダクトをこれからも作り続けて欲しいと思います。